2015年8月5日(水)
朝日新聞 朝刊 第2静岡面 経済トピック
ウイスキー × 農産物加工場
山あいの地域興し 相乗効果に夢抱く
安倍川流域の中山間地、静岡市玉川地区の市有地に来春、ウイスキー蒸留所が建つ。中小企業経営者によるベンチャー事業だ。時を同じくして隣には地元有志らが農産物加工場を開設。蒸留所との協働で大麦栽培も計画しており、ウイスキーによる地域輿しに夢をはせている。
蒸留所の建設予定地は同市葵区落合の市有地約2ヘクタール。安倍川の支流、安倍中河内川が蛇行していた部分で、沿道の土砂崩れ防止工事の後で埋めたてられた。元が川なので伏流水が豊富だ。
ウイスキーに挑むのは洋酒輸入販売会社のガイアフロー(同市清水区)を経営する中村大航さん(46)。大学卒業後、地元の大手企業に入り、34歳で家業の部品工場を継いだ。だが、11年間の社長経験で将来を悲観した。
「かつて日本の中小企業にあった助け合いの美徳が廃れ、『安さ』至上主義になった。コスト削減ももう限界だった」
家業の転換を考え始めると、小学生の頃に酒が好きな父に連れられて見学したサントリーの白州工場(山梨県)を思い出した。「蒸留機がずらりと並び、強烈な印象を持った」。調べると、工場見学の人気ランキングでベスト10にウイスキーやビール工場が五つも入っていた。「多くの人が見学に来てくれる工場ができないか」と夢見た。
3 年前にウイスキーの本場、英スコットランドの蒸留所9カ所を回った。大半が創業100〜200年の老翁。最後に訪ねた創業7年のベンチャー蒸留所は小さくて設備も旧式にもかかわらず、ヒット商品を生んでいた。「おれにもできるんじゃないか」と意を強くし、開業後の販路を築くために輸入販売から始めた。
蒸留所は鉄骨造り2 階建ての製造棟、貯蔵棟、製品販売所、見学施設などで9月に着工する。ドイツ製蒸留機などを購入し、来春から稼働予定だ。700 ミリリットルボトルで年28万本を生産する計画。約4 億円の事業費は融資で賄う。
一方、蒸留所の隣で農産物加工場を立ち上げるのは地元住民によるグループ「Refre 玉川」だ。
代表の安本好孝さん(60)は昨年、主婦のグループから「加工場をやれないか」と相談を受けた。約40年勤めた市内のサンダル製造会社を退職したばかりで、長年のビジネス経験が頼られた。
46年前の編入合併まで玉川村だった地区の人口は、合併前の3分の1の約1千人まで減った。65歳以上が約450 人を占め、安本さんは耕作放棄地か増えていく状混を憂えていた。「年を取ると前日の残り物ですますなど栄養が偏りがち。バランスのとれた弁当や総菜を作って宅配したい」と加工場の設立を決めた。
そこへ、蒸留所建設の話が飛び込んできた。予定地は安本さんの自宅のそば。中村社長と意気投合し、蒸留所従業員や見学者らにも弁当や総菜を販売、ウイスキーの原料の大麦栽培にも取り組むことになった。
中村さんは「地元の大麦生産は少量なので最初は英国から輸入するが、将来は地元産を増やしたい。静岡の水と麦芽でできたウイスキーを売りにしたい」と夢を語る。
加工場は市の補助金1千万円で安本さんの自宅前工場を改修し、来春に開する計画。ウイスキー製造で発生する搾りかすを肥に再利用して、有機栽培物を育てる計画もあり、留所との共存共栄を目指す。
蒸留所予定地脇の小川は往時はホタルが乱舞したが、雑木などが生い茂り姿を消した。安本さんたちは整備してホタルの乱舞を復活させ、工場に彩りを添える計画も温めている。
(野口拓朗)