朝日新聞
2020年1月4日
「本物の酒」樽に込める魂
山がくれる極上の水 この地に
富士山や南アルプスに囲まれた山梨と静岡は、水も上質だ。自然の豊かな恵みを活かしたウイスキー作りが盛んで、情熱を傾ける人たちがいる。
南アルプス・甲斐駒ケ岳の山麓。木々の中から工場や木樽が姿を現す。標高約700㍍、サントリーの白州蒸留所(山梨県北杜市)は、その立地から「森の蒸留所」と呼ばれる。
建設されたのは1973年。南アルプスの山々に降り注いだ雨や雪が、地中の花崗岩にできた空洞を抜ける中で濾過されていく。ほどよいミネラルを含んだ軟水を、蒸留所の小沢浩二・品質担当マネージャーは「ウイスキーの心臓部となる最高級の素材」と表現する。
清水港(静岡市清水区)から陸送される麦芽や樽を使って仕込み、長いものは何十年もの熟成を経て完成する。地名を冠した「白州」は国際的品評会で様々な賞を受賞し、日本の代表的なウイスキーとなった。
北杜市高根町清里の観光施設「萌木の村」は3年前、白州蒸留所と連携して一本のオリジナルボトルを完成させた。「ポール・ラッシュ生誕120周年記念 シングルモルトウイスキー」。施設オーナーの舩木上次(70)が「地域の起爆剤」に据える一品だ。
舩木さんが生まれた頃、地元は戦後の開拓期にあった。裕福ではなかったが、裸電球の下、みんなが楽しく酒を酌み交わした。その後、日本は経済的に豊かになったが、バブル崩壊など厳しい時期も経験。北杜市でも人や店が減った。
「住む人が誇りを持てる場所にしないと」。地元の強みは何かと考えた時、浮かんだのが酒だった。
「清里開拓の父」と呼ばれるポール・ラッシュ氏の出身地にちなみ、米国・ケンタッキー州を中心に作られるバーボンの仕込み樽で熟成。果実の甘みとスモーキーな余韻が特徴の一杯に仕上がった。英国の著名なガイド本「ウイスキー・バイブル2019」では、ジャパニーズ・ウイスキー部門で最高評価を受けた。
ボトルは同施設で飲むことが可能だ。「世界から人が集まる場所でありたい。そのために『本物』を追求していく」
そんな山梨のウイスキー文化は静岡に影響を与えた。安倍川流域の中山間地、静岡市葵区の玉川地区。森の中に建てられた酒輸入販売会社「ガイアフロー」の蒸留所は今秋、最初の販売を迎える。
同社代表の中村大航さん(50)は異色の経歴を持つ。静岡市清水区に生まれ、大学卒業後は地元企業に就職。34歳で家業の部品工場を継いだ。
下請企業の社長を11年間務める中で、「自分で0から何かを作りたい」と思うようになった。コスト削減の「安さ至上主義」に限界も感じていた。転機は8年前。妻とウイスキーの本場、英スコットランドに行き、9カ所の蒸留所を見て回った。創業100〜200年を誇る老舗が大半の中、最後に訪ねた創業7年のベンチャー蒸留所は小さくて旧式の設備にも関わらずヒット商品を生んでいた。「オンリーワンはどの世界でも強い。自分でも勝負できる」と思い立った。
販路確保のため輸入販売から手をつけた。初めた頃は赤字が続いたが、NHKの連続テレビ小説「マッサン」によるウイスキーブームで軌道に乗り、4年前に蒸留所を建設した。
大切にしているのは、自然の恵みを生かすこと。蒸留所建設前、白州蒸留所の初代工場長から教わった。ウイスキーは気温や湿度によって樽の中で蒸発し、水分やアルコールが抜けていく。「天使の分け前」と呼ばれる現象を避けて通れないからこそ、上質な空気に触れさせることで何とも言えないまろやかさとコクが生まれる。
業界で「伝説」と評される長野県にあるメルシャン蒸留所の蒸留器を買い取り、ミネラル豊富な安倍川の伏流水で仕込んだ「シングルモルトSHIZUOKA」。樽の中で3年間寝かせ、今秋、初の出荷を迎える。
「樽を開けるのが怖くもあり、楽しみでもある」。山梨からつながる一杯のウイスキーが、今年、新たな歴史を刻み始める。(増山祐史)