朝日新聞 2016年7月25日 夕刊 一面
個性派ウイスキー お好きでしょ
各地に小規模蒸留所
ハイボール人気で活況の国産ウイスキー業界で、小規模だが個性的な味で勝負するクラフト蒸留所が注目されている。1980年代に手軽な値段で流行した「地ウイスキー」とは一線を画し、彼らが目指すのは高品質の本格派。刺激を受け、異業種からの参入組も現れた。
ロマン求め参入
福島県郡山市の「笹の川酒造」は創業251年の今年、約25年ぶりの蒸留再開に向けて設備を新調した。社長の山口哲蔵さん(63)は「何年も熟成させるウイスキーには、1年ごとに時間が巡る日本酒とは異なるロマンがある」と話す。
80年代は「チェリーウイスキー」が飛ぶように売れたが、酒税法改正に伴う値上げで需要が低迷。蒸留をやめ、主に他社から買った原酒をブレンドしたウイスキーを売ってきた。
だが、「色々なウイスキーの味を楽しむ人が増え、市場が広がっている」と気づき、再開を決めた。きっかけは、国内唯一のウイスキー専業メーカー「ベンチャーウイスキー」(埼玉県秩父市)の肥土伊知郎さん(50)との出会いだ。
肥土さんはサントリーに勤務後、父の求めで家業の酒造会社に入った。日本酒のほか、祖父が蒸留を始めたウイスキーを製造・販売していたが、業績不振で2004年に事業を譲渡することに。譲渡先は約400樽分のウイスキーの原酒の廃棄を決定。「『子供たち』が捨てられるなんて。何とか世に出したい」。つてをたどり、山口さんに買い取りを頼んだ。
翌年、肥土さんは笹の川酒造を販売元として、「イチローズモルト」の名でシングルモルト600本を発売。売り切るのに2年かかったが、評判は愛好家の集うバーを中心に徐々に広まり、同じ原酒を使った別シリーズは海外のウイスキー専門誌で高く評価された。
肥土さんは04年に自身の会社を立ち上げ、08年に秩父蒸留所で生産を開始した。手作業の精麦も一部で導入するなど、小規模ならではの「手作り」感を大事にする。
業界外から「ロマン」を求めて挑戦する人たちもいる。
静岡市の洋酒輸入販売会社ガイアフロー社長、中村大航さん(47)は元々、精密部品製造会社の3代目。「オンリーワン」の新規事業を探していた12年、本場スコットランドで創業7年の蒸留所を見学した。
設備は小さく、ローテク。それでも、ここのウイスキーは日本でも話題になっていた。「小さいブランドでも個性で世界展開できる。自分でもやれる」。安倍川支流沿いの市有地をまず約2千平方メートル借り、この秋、蒸留所を始動する予定だ。観光客向け見学コースや地元特産品を活かしたお土産販売も計画。目指すは「地域振興型」蒸留所だ。
北海道厚岸町でも、製菓原料輸入販売会社の堅展実業(東京都)が秋の蒸留所稼働を計画する。20年来のウイスキー愛好家という社長の樋田恵一さん(49)が海外での日本のウイスキー人気を見て、新分野に乗り出す決断をした。「肥土さんの品質を目標に、厚岸特産のカキに合う味を作りたい」
市場成熟の時代
モルトウイスキーは大麦麦芽(モルト)だけを糖化・発酵させ、蒸留して得た原酒を樽で熟成させる。中でも、単一蒸留所の原酒のみで作る商品を「シングルモルト」と呼ぶ。
ウイスキー評論家の土屋守さんによると、最近10年は、各蒸留所の個性が強く出るシングルモルトが世界的ブームで、日本市場も成熟しているという。サントリーは「山崎」「白州」の国内出荷量が過去5年で約2倍に、創業者をモデルにしたドラマが放映されたニッカウヰスキーの「余市」「宮城峡」の出荷量は、放送前の13年と比べ、15年は約2.6倍に増えた。
本場スコットランドではここ2年ほど、シングルモルトのみを手がける小規模蒸留所も相次いで誕生し、土屋さんは「個性や地域性を求める時代に、クラフト蒸留所はうまく合っているのでは」と見る。