【コラム】クラフトとは何か?「クラフトウイスキー」誕生秘話
ガイアフロー静岡蒸溜所 代表の中村大航です。
今回のコラムは「クラフトとは何か?」というテーマで、「クラフトウイスキー」という言葉を中村大航が発明するまで、そして「クラフトディスティラリー」という言葉について書きます。
「クラフトディスティラリー」という言葉は、ウイスキー関係のメディアでは使われますが、あくまで専門用語であり、一般の人が知っている言葉とは言えないでしょう。
一方、「クラフトウイスキー」という言葉は、今では新聞、雑誌、テレビなどのメディアでも使われ、日本国内で定着した感がありますが、意外と新しい言葉なのです。
「クラフトウイスキー」という単語を、2015年3月にガイアフローが発信した
「クラフトウイスキー」という単語は2015年、弊社ガイアフローが発信したプレスリリースの中で使ったのが、国内のウイスキー業界で先駆けとなります。
2015年3月30日 発表
「 クラフトウイスキー蒸溜所を、静岡に! 」
〜 ウイスキー製造プロジェクト始動のご報告 〜
このプレスリリースの中では、誰もが見慣れない、耳慣れないであろう「クラフトウイスキー」という言葉を、下記のように定義しました。
<クラフトウイスキーとは>
世界のウイスキー業界で新しいトレンドになった、小規模蒸溜所(クラフト・ディスティラリー)で製造されるウイスキー。日本の小規模蒸溜所には、江井ヶ嶋ウイスキー蒸留所、信州マルス蒸留所、秩父蒸溜所がある。スコットランドでは、エドラダワー、アラン、キルホーマン他。
元々は「クラフトディスティラリー」という言葉が使われていた
それまでの日本のウイスキー業界では、小規模な蒸留所を表す「クラフトディスティラリー」という言葉しかありませんでした。
実際、2014年に国内で実際にウイスキーを蒸留している小規模蒸留所は限られていて、江井ヶ嶋ウイスキー蒸留所、信州マルス蒸留所、秩父蒸溜所しかありませんでした。(当時、宮下酒造株式会社でもウイスキーの蒸留はされていますが、蒸留所としての体裁は無いという認識です)
2014年2月、初めて開催された秩父ウイスキー祭にて、私は「世界のクラフトディスティラリー」というテーマでセミナーを行いました。
「世界のクラフトディスティラリー」セミナーをレポートするFacebookの投稿https://www.facebook.com/taiko.nakamura.17/posts/670313356344335
世界的に小規模蒸留所が注目を集めるようになってきたものの、まだあまり情報が無かったときでした。数カ国の小規模蒸留所を巡り歩いていた私に、依頼が来たのは自然な流れでした。
小規模蒸留所は、マイクロディスティラリーとか、ファームディスティラリーとも呼ばれていましたが、多くはクラフトディスティラリーという言葉が使われることが多かったと思います。
「クラフトディスティラリー」の定義
2014年、北米では小規模蒸留所が急速に増えつつあり、クラフトという言葉が多様される状況があったそうです。
しかし、クラフトという言葉に対する法的な定義は無く、混乱を招いていたため、自治体や団体が下記のような独自の定義をそれぞれ発表していました。
地域の法律によるもの(2014年当時)
ワシントン州(アメリカ)
年間生産量:6万ガロン(22万8千リッター)未満
ブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)
年間生産量:1千 〜 5万リッター
蒸留機のサイズ:100 〜 5,000リッター
任意団体の指針によるもの(2014年当時)
DISCUS (米国蒸留酒協議会)
年間生産量:4万ケース(36万リッター)未満
American Craft Distillers Association
年間生産量:75万プルーフガロン(142万リッター)未満
American Distilling Institute
年間販売量:10万プルーフガロン(19万リッター)未満
資本の独立:大会社の持ち株比率が25%未満
それが現在では様相が一変しています。ひと言で言うと、クラフトの定義が無くなってきているのです。
現在では、小規模蒸留所の生産量が増えてきたため、生産量による定義は無くなりつつあるようです。また、大企業と資本提携する事例も増えてきたのか、資本の独立性に関する定義も見かけなくなりました。
クラフトディスティラリーの増加、多様化が、数値基準による区別を難しくしたと言えるでしょう。
「クラフトディスティラリー」に代わる言葉はないか?
2014年の前半、私と妻の美香(現 副社長)は、静岡蒸溜所のコンセプトを練っていました。
ブランディングの専門家である友人、江上隆夫氏(株式会社ディープビジョン研究所)の協力を得て、数ヶ月かけてブランドの有るべき姿を模索していました。
その中で、大きな課題となったのが、新しいムーブメントである「小規模蒸留所のウイスキー」という新しいスタイルを、いかに言葉で表現するか?でした。
ひとつの参考事例として取り上げたのは、コーヒーの価値を追求する流れを表す「サードウェーブコーヒー」でした。
クラフトディスティラリーで造られたウイスキーを、何か分かりやすい言葉で表現できないだろうか?その言葉を普及させることで、日本国内で新しいマーケットを創造できるだろうと考えていました。
その最有力候補が「クラフトディスティラリー」でした。
しかし、そもそも蒸留所を意味する英単語「ディスティラリー」という言葉は、日本人には難しすぎます。実際、ウイスキー愛好家だった私の父でさえ、ガイアフローディスティリング株式会社の社名を「ガイアフローディストラリー」と誤記するほどでした。
「ディスティラリー」という英単語を国内で一般に普及させることは無理だと判断するしかありませんでした。
「クラフトビール」をヒントに、中村大航が発明した「クラフトウイスキー」
2014年6月に、静岡蒸溜所の候補地が見つかり、プロジェクトは一気に現実味を帯びてきました。
地元の建築家デレック・バストン氏(WEST COAST DESIGN社長。その後、WEST COAST BREWINGを起ち上げる)と手を組み、蒸溜所のグランドデザインの検討が始まりました。
そして、2014年7月29日、とあるセミナーに参加したことが、「クラフトウイスキー」という言葉の誕生に繋がります。そのセミナーでは、デザインについて下記の3名の経営者が登壇してお話をされました。
朝霧重治 氏 (株式会社協同商事コエドブルワリー 代表取締役)
山井 太 氏 (株式会社スノーピーク 代表取締役)
渡辺孝雄 氏 (トーヨーキッチン&リビング株式会社 代表取締役)
その中で、コエドブルワリーの朝霧氏が、とても大事なことを発言されました。
「地ビールじゃなくて、クラフトビールと呼んだ」
この一節が、私の耳に残って離れませんでした。
そして2014年8月24日、ブランドのコンセプトを言語化するミーティングをしている中で、「クラフトビール」をヒントとして「クラフトウイスキー」という言葉が誕生しました。
今になってみると、当たり前の言葉だと思えるのですが、当時は誰も使っていませんでした。その「クラフトウイスキー」という言葉が、アタマの中で産まれた瞬間の衝撃は、今でも忘れられません。
定着した「クラフトウイスキー」という概念
そして「クラフトウイスキー」という言葉を、初めて公の場で使うかのをいつのタイミングにするのか?大きなポイントでした。
結果として、多くの方々が目にするであろう、弊社のウイスキー製造事業参入のプレスリリースで使うことを決め、2015年3月末まで半年間したためることにしたわけです。
それから6年経ちますが、「クラフトウイスキー」という言葉は完全に市民権を得たように感じます。
静岡蒸溜所は、2016年当時、全国で10カ所目のウイスキー蒸溜所でしたが、現在は30カ所を優に超えていることを見ても、クラフトウイスキーというジャンルが形成されつつあると言えるでしょう。
改めての問い、「クラフトとは何か?」
日本で多くの小規模蒸留所が稼働し、そのクラフトウイスキーが世に出始めつつある今日、改めて「クラフトとは何か?」を問うことが必要ではないかと感じています。
「クラフトウイスキー」がクラフトたりえる事由とは、何なのか?
生産量なのか?だとしたら中量生産?それとも少量生産?
大手との違いは何か?資本の独立性なのか?
手造りによる価値はあるのか?工芸品としての価値か?
それともアートなのか?価値はどこにあるのか?
まだ問いが浮かんだばかりで、答えなど全く見つからないのですが、これからウイスキーを造り、販売しながら探していきたいと考えています。